昼下がりのコーヒーブレイク 「宇宙の理」 2008年4月号


常識を疑う(医療編2)

 小泉政権の6年間、毎年3万人以上の自殺者が出ましたが、その動機の第一位は健康問題です。次が経済的な生活問題、つまり貧困の問題です。どちらも明るい見通しはありません。医療に関しては更に国民保険の恩恵から遠のきます。お年寄りにとって辛い現実は既に始まっていますが、私たちが年を取った将来はもっと大きな問題となっています。
 苦しいのは一般の国民だけではありません。私はもう15年もの間、医療分野の仕事に携わっていますが、ここ数年の病院経営の厳しさには身に染みて感じています。

 小泉政権は2003年に史上初めて診療報酬をマイナス改定しました。そして2005年は更に大きなマイナス改定が行われましたが、この年、私は大分県別府市の或る診療所に呼ばれました。診療報酬が厳しくなって年間80万円かかっている媒体の契約の継続が危ういので相談したいとのことでした。
 院長と奥さんとで迎えられましたが、「私たちは何も悪いことをしていないのに小泉政権になってどうしてこれほどまでに私たちはいじめなければならないのだ」といったような嘆きを一時間以上聞きましたが、全国の病医院を回っていて毎月の収入が何百万減ったという診療所が多いのに驚きました。

 診療所によってはスタッフの給料が払えなくて、支払いの遅延をお願しているころもありました。とにかく突然のことですから戸惑っているという様子が良くわかりました。開業医も勤務医も医師の所得は今、下がる一方です。特に地方の勤務医は医師の減少で仕事も増え、彼らの報酬はとても労働に見合ったものではありません。

「常識を疑う(医療編)」は既に前回から医療の改革問題に入っていますが、日本の医療の実態について少し確認してから筆を進めたいと思います。

日本の医療事情

 
そこで、病院とは・・・ という基本的な話ですが、意外と知らないことでが、病院とは入院のためのベッド数(病床数)が20床以上の施設を言い、19床までの施設を診療所(クリニック、医院)と言います。次に日本の医療機関の数がどれぐらいあるかというと1990年には10,096件だった病院は2003年に9122件に減り、現在は8700件程度になりました。今は毎年80程度の病院がなくなっています。と言っても倒産は年に10件程度で、その殆どが病院から診療所に移行しています。

 病院の全病床数は約160万床。この病床数を慢性期病院(病気発症から14日以内を急性期と言い、それ以上を慢性期という)の療養病床を中心に近い将来には半分にしようと計画が進んでいます。高齢化社会が始まっているのに困ったものです。
 医科診療所の数は現在10万件弱で、病床数は18万床強です。因みに歯科診療所の施設はもうすぐ7万件に届く勢いです。全国のコンビニの数が4万件強ですから歯科医はどこにでもあるという感じですね。

 日本の臨床医(歯科医は含めない)の数は27万人程度いますが、これは医科の医師免許を持っている人の数で、実労数は23万人程度かと推測されます。臨床医の数はOECD(経済協力開発機構)加盟国で見ますと、人口千人あたりで日本は22番目の2人です。加盟国平均で千人当たり3.1人ですから、かなり低いです。加盟国の平均に届くためには、日本の医師はあと13万人近く増やせねばなりません。弁護士を増やすより医師ですね(拙稿1月号参照)。以前から医師不足なのですが、「医師卒後初期臨床研修制度」が特に地方の医師不足に更に追い討ちを掛けています。

医師不足誘導改革

 
大阪府阪南市が医師不足で昨年7月以降、阪南私立病院(185床)の内科診療を閉鎖しました。和歌山県立医大から派遣されていた私立病院の9人の内科の常勤・非常勤医全員が退職したためです。
 そして本誌が届く2008年の3月には外来診療(日帰り診療)も激減し、入院は一切受け付けていないはずです。内科医以外で11人いる常勤医師のうち少なくとも7人が3月末で退職する見通しとなり、後任確保も難しいからです。
 退職利理由は内科医が居ないために手術もできない状態が続き、満足の行く医療行為が出来なかったからでしょうか。
 大阪府の阪南市というと和歌山県に近い市です。この手の小さな都市は医師不足が目立ちます。何故こういうことが起こってきているのかというと、これも「医療改革」の影響なのです。特に2004年に導入された「医師卒後初期臨床研修制度」が関係しています。

 新しい臨床研修制度の導入とは・・・・
 それまでは大学を卒業した医師の卵の8割が医局に残り医師として研修をしていたのです。そしてその後、医局のコントロール下(指示)で大学病院に残ってそのまま医師を続ける医師や、地元に残る医師がそれなりにいたのです。
 しかし全国共通のマッチングシステム(卒業生と全国の病院との一種のお見合い)を取り入れた研修制度の導入によって医学部卒業生が卒業後すぐに大学医局に入局せず、自由に卒後研修先を選択するようになったのです。これによって研修後も研修医が大学病院に戻らず大都市などに居残るべく、自由に病院を選択できるようになりました。
 特に都心の聖路加国際病院や最新医療で著名な千葉県の亀田総合病院などは独自の研修制度があることもあり、研修募集に何十倍もの応募が集中しています。逆に地方にいくほど募集に対する応募が低く、大学の附属病院に大幅な定員割れが生じているのです。
 阪南市立病院のケースも昨年市立病院を辞めた内科医は全員、和歌山大学付属病院から派遣されていて、医師が足りなくなった付属病院が穴埋めとして市立病院への派遣を止め、医師を全員引き上げたのが原因でした。公人ともいえる医師が大都市に集中するような制度を簡単に作ってしまったことは甚だ残念なことです。

 研修期間の延長や、研修必須科目の拡大など、一見してこの制度にもよい点はあるのですが、卓上の論理に基づいたやり方も、思いやりがなかったり人の心を読まなかったりすると、実際には問題を生じることが多いのです。臨床研修制度の導入も、その結果は国民にとって、特に地方に住む人にとっては最悪となってきているのです。低所得者や地方在住者を切り捨てる改革が余りにも多すぎます。
 救急車に乗っても病院をたらい回しにされるという実態に歯止めを掛けるどころか、助長しているのです。それで将来、救急車が有料になって、タクシーに乗ったときのように走行距離メータによって料金が上がるアメリカと同じになったら悲惨ですね。

医師の所得は高いのか?

 
私も全国の病院を回っていて、医師の仕事が大変なことは良く分かります。地方都市の基幹病院や患者があふれる診療所は旅行などいけませんし、寝る時間もありません。本当に頭が下がります。
 それに日本の医師は治療以外の仕事もしなければなりません。病院職員の数も先進諸外国などと比べるととても少なく、アメリカには救急救命士や秘書といった専門職が大勢いますが、日本では医療保険の診断書作成から点滴経路の確保までが医師の仕事です。ともかく忙しい(ただアメリカ医師の場合には民間医療保険の雑務が山ほどあるが・・)。
 日本の医師の労働時間の平均は週60時間以上となっています。これを月の残業時間に当てはめますと、週五日制で食事時間を除いて100時間です。平均ですよ。
 よく医師は脱税の常習犯のように言われますが(本当のところは知りませんが)、勤務医に関してそれはないし、日本の国民皆保険制度が維持できるのは、医療費の偽装請求の少ない日本の医師の高いモラルがあって始めて成り立つとも言われています。

 それと医師の所得はさぞや高いのだろうと思われていますが実際はどうでしょうか。これが意外と低いのです。40歳から60歳の勤務医の平均的な年収が、1414万円(2007年、厚労省医療経済実態調査)というのですから、開いた口がふさがりません。
 これでは一流企業の部長程度です。高い学費を投じて、人の命を預かり、寝る時間を割いての重労働の対価としては余りにも少ない。
 予断ですが、外科医などの場合は手術時に御礼の袖の下がかなりあるはず。大企業の社長や会長だとその額が100万を超える場合もあるというからいい小遣い稼ぎになります。これだけは診療所開業医では味わえない大病院勤務の特典。
 お礼を上げる方も貰う方も、ユートピア行きの切符は貰えない。
 ついでに歯科医の所得は昨年平均で900万円を切りました。医者は儲かると思って何千万円も学費を掛けたものの、後でサラリーマンと殆ど変わらないという現実を知って愕然としている歯科医は多いのです。

 一方、開業医の年収は2531万円です(同前)。しかし重病人を扱い手術し入院するのは病院の勤務医です。待遇は明らかに低いです。それに開業医には「医師優遇税制」もあり恵まれています。
 ですから病院勤務を辞め診療所を開設する勤務医が増えています。今は新規開業がピークにあり、ここのところ毎年3000から3500件の開業があります。

日本の医療費は高いのか?

 例えですが、
「道路公団は赤字を垂れ流している」ということは、道路公団民営化のための嘘の口実であったということは既に述べました。
 よく地方の高速道を例に出して高速道の下の道がガラガラなのにここに何故高速道路を作る必要があるのかと、マスコミは報道します。でもこれは作為的です。もちろん中には要らない道路を多く造ろうとしている現実も山ほどあることは認めます。しかし・・・
 高速道と一般道は目的が異なります。例えば北海道の未完成の高速道下がガラガラとしても、北海道の高速道は西側に集中していて、どれも放射線状態です。これを繋いだ環状線状態にならないと道路は不便なのです。それが北海道の道路が空いている理由のひとつとなっているのですが、これが繋がれば便利になるのです。
 ただでさえ北海道は鉄道が充分ではありません。高速バスもありません。「釧路」から「摩周湖」を経て「知床」への鉄道は昼間たったの2本です。東京から飛行機で飛んで、摩周湖と知床を鉄道で観光しようとしたら最低3泊はしたいです。道路の整備は必要だと思います。
 一極集中という意味では北海道は特に激しいですが、それも交通の不便さが大いに関係しているはずです。産業・人口がどんどん札幌に集中してきています。

 世間一般では、高齢化社会になってきて、医療費全体の高騰が危惧され、健康保険の3割負担も致し方ないかのように報道されています。だからといって、自費負担増は当然のこととして受け入れなければならないのでしょうか。
 私はそうは思いません。自己負担はせいぜい1〜2割程度に抑える努力をすべきだと思います。これ以上値上げすると後述する「混合診療」に近い状態を自然と作るのです。自由診療専門医が増えてくるでしょう。

 そもそも医療費が高いということが作為的です。道路公団と同じです。財源だって本当はあるのです。
 日本の医療費というのは先進国では一番低いのです。2005年時点で日本の医療費は対GNP比で7.8%です。カナダが9%ですが、アメリカは何と15%で、総額だと日本の4倍120兆円です。しかも日本は国民皆保険で、保険に入っていない人はほとんど居ません。アメリカは保険未加入者が全体の16%もいます。更に入院費が日本の20倍かそれ以上(マンハッタンだと1日2000ドル以上)するので、アメリカ人は病院の近くのホテルに泊まることが多いのです。
 何しろアメリカの西海岸で盲腸の手術を受けたら1日入院で190万円。マンハッタンでは240万円です。だからちょっとのことでは病院に行かないのです。
 妊婦も日帰り出産が増えていて、入院しても1日です。1日入院して出産したら150万円以上掛かります(日本の場合は一週間程度の入院で50-60万円です。健康保険組合から35万円の一時金が支払われる)。それなのに医療費は日本の4倍もかかっています。人口比で一人当たりにしても2.5倍になります(医療費自体が高額とも言えるが、低所得者は病院には掛かれないのも現実)。
 ですから日本の場合、医療費は先進国で最も少ないこともあり、まだまだ工夫が足りないというのが私の実感です。医療診療は国民の所得が有る無いに関わらず国民全員が安心してどこでも受けられることを維持しなければなりません。他のものを犠牲にしてでも。

 毎年厚労省から「国民医療費」が発表されていて、2006年は33兆円強でした。他の業界と比べても外食産業が25兆円ですから大変なお金が回っていることになります。
 しかし同時にパチンコ業界が28億円で昔から医療費とパチンコ業界は同程度で推移していました(最近パチンコはサラ金のグレーゾーン金利廃止で景気が下がり、医療費は逆に伸びて差が出てきた)。
 ですからパチンコに使っているお金を医療に回せばこれで医療費問題はなしですね。本当に必要なところにお金が回っていないのです。
 まぁ、現代人の食生活の乱れ、御法度の出し過ぎでの健康障害は自業自得とも言えますが、やはり苦しんでいる人がいれば、助けたいと思うのが愛の心、許しの心です。政治的欠陥だけでなくて、私たち国民の愛が正しく回っていないことの反映でしょう。
―「つづく」 ―